知らないあなた
      
一方、その頃のやつがれ氏は?
 


     3



中也が紅葉経由で言いつかったという首領様からの勅命は、
取引先との会合への護衛、とも取れる
ポートサイドホテルのガーデンテラスへの招聘。
指定された日時から慮みて、見合いとやらは明日の昼前となるらしく。

 『仕込みは上々♪』

何の何がどう上々なのだと訊き返すのもおっかない、
見ようによっちゃあ十分物騒な笑顔で ほがらかに述べた太宰の作戦とやらを一通り聞き。
鮮やかな畳みかけへ わぁあとワクワクしてゆく敦と裏腹、
そっちは“面倒なことを”と思うたか、見るからにうんざりしてゆく中也だったが、
先に段取りを知っただけでも守りやすいかと腹くくり。
じゃあ明日にまたと一旦辞去した二人を見送ったのが、
秋の初めの宵も更けてきた頃合いで。

 『デリバリーで悪いけど。』

何か食べにと出かけてしょむない突発事に躓いては何にもならぬとの慎重さからか、
此処のは美味しいんだからという太宰嬢お勧めの中華の軽食を注文し、
それを共に食べてののち。
やっぱり抵抗したけどというのもお約束の攻防、

 『その外套はどうあっても着せてけない、判るでしょう?』
 『されど…っ。』
 
襟元の合わせに手がかかったのへ素早く何か察したのだろ、
それは俊敏に数歩離れての身構えたそのまま、
ふしゃーっと毛を逆立てて威嚇する野良猫の如く、
黒獣を援軍にと起動させて抵抗する芥川だったのへと。

 『はいはい、無効無効』

やはり慣れておいでか
不意を衝いての すいと迫って易々といなし、
案の定、血糊が飛んでるわ硝煙臭いわな代物、
手際よく引き剥いでののち、

 『はい、これを着る。』
 『…っ。』

突貫ながらも…何とはなく一回り大きけりゃあ間に合うだろと用意しておいた
漆黒のトレンチコートを着せて細部を確認。
代替品が出て来るとは思わなんだか、
やや呆然とし、落ち着きかかったところへの不意打ち、
ついでに風呂へ入れとバスルームへ押し込んで…という
そちらもなかなかに手を焼いたすったもんだで結構時間は潰せたようで。

 「……。」

最後にもみくちゃになったことで疲労困憊の体となった青年を、
とりあえず休みなさいと寝台もある客間へ押し込んで。
どっちがそんな心情なやらと言われそうながら、
それでもついつい麗しい顔容を消沈の色に染め、
はあと吐息を一つつく、智将の嬢様だったりする。
あれこれと敷いた段取りも大した難儀なんかじゃあなかったし、
向こうからやって来た“芥川くん”も、
ちょっとは手を焼いたけど根本的なところの要領は同じな あしらいやすい子で。
そんなこんなはむしろ煙幕になっててくれてた、
それらが片付いての去った今、別な想いで気が重くなってのこと、
薄紅色の唇から思わず零れた溜息が一つ。
自分でやらかした対処なのにね。
あの子は今頃どうしているやらと、それを思うと遣る瀬無い。
どうしているも何も
こちらの彼と同じよな流れに翻弄されているのだろうが、

 「…あ〜あ。」

自分の居室へ入ると、
ぽそんと倒れ込むように、ベッドの上へと身を投げて、
横を向いてたそのまま、まだカーテンを引いてはなかった窓から望める夜陰を見やる。
頬や口許を羽毛布団の掛布へ埋めかかって つい思うのは、

 “…逢いたいなぁ。”

我慢なんて性に合わないのよ、そもそも。
実際の話、あの子を冷酷に鍛えてた4年前の私って、
どんだけ我慢強かったの? 若いってすごいなぁって思うくらい。
今なんて どう?
心のどこかで“もしも戻って来なかったら”なんて不安がついつい涌いちゃあ、
裏社会最恐とまでと言われた強心臓がすくみ上がるのだから、
まったくもって歳は取りたくないってもんで。

 「……。」

視野の中へと零れている自分の髪を掬い取り、
一応は手入れしている指先へ巻きつけてみる。

 “う〜ん、こうじゃないんだなぁ。”

何でもない話をしながら、あの子の猫っ毛な髪をクルクルと指先に巻き付けたり。
頬を撫でたり、懐へと引き寄せたり、
特に過剰でもない級の慰撫にて愛でておれば、

 『やはり太宰さんの教育は間違ってはいなかったのですね。』

不意にそんなことを言い出すあの子で。
んん?って目顔で訊けば、

『このように甘やかされては、
 やつがれ、どんどんと腑抜けになってゆくようです。/////////』

貧民街に居たころはそのまま身を守る本能レベルで始終ピリピリしていたし、
マフィアに招かれてからは、それこそ他者を叩き伏せる弾丸や刃となるためにと、
それは厳しい訓練を浴びる日々を送り。
自分をと引き入れた先達も、触れたとしたらば殴打か蹴りか、期待外れだったという冷笑か。
それもこれも育成の一環だと思っていたからこそ、
この人をがっかりさせるのがただただ悔しくて、
少しでも成長せねばと、冷ややかな処遇に負けるものかと、
身のうちを灼きつくすような想いを何とか掻き立てて過ごしていたと思う。
そうして触れるもの皆薙ぎ払う、羅刹と化した禍狗の黒姫だったものが

 だというに

このごろでは、この人だから構わないと思うのか、
くっついているところがほわり暖まって、心地が良くってドキドキして。
警戒心とか薄くなってしまいます、なんて
そりゃあ可愛いことを訥々と紡ぐものだから、

 「〜〜〜〜。////////」

こちらだって萌えが盛り上がってしょうがなかったってのにもうもうと、
そんな意識なんてなかったろう少女に “あんたが悪い”と大人げない濡れ衣を着せてみる。
間近に見れば10人が10人、そりゃあ綺麗な少女だと思うだろう風貌で、
なのに、漆黒の異能獣を束ねる主人に相応しく、残虐な悪魔を気取っての黒ずくめ。
そういう装いにも見えるものの、何の太宰にしてみれば、
何への執着か、喪に服す未亡人ででもあるかのような装いにしか見えなくて。

 “罪な子だ。”

いかにも禁忌的なその佇まいも、
下手に触れれば手足が落ちるよな、苛烈にして過激な子だから保てていたものの。
ひん剥いたらどれほどの白が現れるのか、どれほど無垢なままの身が拝めるのかと、
不埒で下衆な輩から下劣な眼で見られているのかもと思うと、
腹の底では臓腑が煮えくり返ってしまい、
そこいらに居合わせる男どもを全員射殺してやりたくなったものだ。

 「…昔の私はつくづくと忍耐を養われていたのだなぁ。」

実際に取っ捕まってしまうとしみじみと判る。
恋情というのは、色々と理屈じゃあないらしいってね。
日頃、理知的な顔して、
やはり取り澄ました雰囲気の女性と冴えた会話なんてこなしている伊達男が、
意外なくらいに幼い不思議ちゃんと恋に落ちてしまうことだってある。
ないものねだりだ何だとそれらしい理屈をつけるのも愚かしい。
人の心情なんてものは、そもそも掴みどころがなくって当然なのだから。

 「…。」

お姉さんぶって“もう寝なさい”と言ったのに、
一人になった途端 思うことがいろいろと押し寄せて眠れないなんてねと。
実に出来の悪い身を苦笑で罵りかかったそんな間合いへ、

  かちゃり、と

それは静かなフラットの中、耳慣れた音を拾ったその途端、
まるで拳銃の引き金でも引かれたかのように
それは俊敏に全身が反応していて…。





   ***


女性なのだから尚のこと、そういうことへの気遣いも当然のものなのか。
一応は畏まった場に出向くのだからと、
用意されてあった外套を合わせるという段取りで油断させられ、
ついでだからと ぐいぐいと押し込まれたのが、今度こその浴室で。
長年の習慣から染みついた性癖というものはなかなか正すのが難しく、
自分にとっては もはや生理的嫌悪とやらまで招く“入浴”だが。
新しいものを用意されてあった外套と同じように、
そんな場だと知らずに引きずり出される“見合い”云々はさておき、
それ相応の格の人間を警護すると思っているならならで、
そこはやはり身なりを整えるのが当然のたしなみなのだろう。

 “…しようがないか。”

まさかに此処で一夜を過ごすわけにもいかず、
この期に及んで壁に風穴作って逃げ出すというのも大仰すぎる。
何をどうあがいても
自分へ掛けられた“異能”の反作用が起きない限り、元居た世界へは戻れないのだし、
その元居た世界でも同じような流れとなっているらしいので。
ここは無駄な抵抗なぞせず、
ほんの1日か2日ほどの間、苦行を与えられたとの解釈をし、
太宰と同位であるあの女傑の指示へ粛々と従った方が色々とつつがないのだろう。
それでもかなりの手早さで、髪を洗いの体を清めのし、
シャワーのみでざっと流して脱衣場へ戻ると、
やはりざっと身を拭って見回せば、脱いだ一式が籠から消えており、
傍らでごうんごうんと回る洗濯機なのから察するに、
そこへポポイと放り込まれているらしい。

 「……。」

スマホや何やは外套の衣嚢に入れてあったので、リビングにて無事にあろうが、
此処から次へはどう進めばいいものか。
もう一度見回せば、籠の縁へ紛れるような格好で
通販大手のロゴが入った平たい袋が置かれてあった。
今日日は即日、何なら1時間以内でだってブツが届くとか聞くが、
それで自分への着替え一式を購入した姉人であるらしく。
外套のサイズがほぼジャストだった勘の良さを発揮すれば、
それが男物であれ、
Tシャツやフード付きのスェット上下、靴下に下着までと、
先程のデリバリーのようにさくさくとオーダー出来もするのだろう。
この程度の経緯へ考え込むような愚図では生き残れはしない…というのは大仰だが、
此処ではイレギュラーな自分だとて、彼女の構えた策の重要な駒なので、
つまらぬからかいのネタにはすまいと。
そこは素直に身に着けて、元居たリビングへ足を運べば、

 「上がったね。」

帳面型電子端末を開いていた女史が気配に気づいて立って来て、
肩から掛けていたタオルでまだ少し湿っていた髪をくしゃくしゃと拭ってくれて。

 「今日はもう遅いからとりあえず休みなさい。」

軽く視野を遮られたのへは気づいていたが、ほんの刹那のことだったはず。
なのに実に違和感なく、短い廊下の先にあった客室までを誘なわれており、
ほいっと手際よく押し込まれている。
此処の間取りは 向こうの太宰さんのセーフハウスと全く同じで、
なので、寝台のあるこの部屋もようよう知ってはいたけれど。
入ったのは初めてだなと、振り返った室内の調度や窓を見やってそんな風に感じた芥川。
子供のいる家族が住まうよな2LDKという間取りだが、
そういえば此処に来ると、
ダイニングで向かい合い、リビングでは寄り添い合い、
寝室では互いへ掴まるように ぎゅうとい抱き合っていて。
こんなにも空間が要るような逢瀬、
此処では一度もしてはこなかったのだなと、
こんな恰好で気が付いたのが何ともはや。

 “……。”

とはいえ、寂しいとか思ったわけではない。
今はそうではないことが全く違和感なく把握出来ている。
だって、此処はあのフラットじゃあないのだし、
扉の向こう、今静かにドアが閉まった主寝室に入って行った人も“太宰さん”ではない。
顔も気配も雰囲気も、物言いも思考のくせのようなものも、
どこもかしこも太宰さんと似ているが、それでも別な人だと、
女性だというタグとはまた別の、
頭でというより感覚的なものがそうと捉えていて、
妙にあっさり割り切れている。
時折何か言いたそうなお顔をするのが気になりはするけれど、
何とか踏みとどまっているものを聞きたがっても詮無い話。

 「…寝るか。」

小型のテレビも置いてはあるが、もともと好奇心とかいう方面への関心も薄い。
フィールドへの索敵の必要がないのなら、あとは休めば良しと
日頃 人虎から“つまらない奴〜”とつつかれるよな過ごしようしか出来ぬ。
そうと決めたが、それならば、携帯端末でアラームを仕掛ける習慣なのを思い出し、
まだリビングにあるのだろう自身の外套を引き取らんと、
間際に突っ立ってたままだったドアの取っ手へ手を掛ける。
向こうでは日頃使ってはない部屋であり扉だが、
状態はよいものか、それともこちらでは頻繁に開けたてしているのか
さほど耳障りな音も立てないまますんなり開いたドアだったのに、

 「……っ。」

まるで追いかけるように、しかもどこか慌ただしく。
廊下の先、リビングと連なる向こうの方向から
ドアノブの音がしたのを 上から踏みつぶしての蹴っ飛ばす勢いで、
ぱたぱたという足音がして。
刳り貫きになった戸口の縁に掴まってという、やや強引な方向転換、
遠心力に振り回されつつも こちらへ向き直ったは、
気のせいか少々驚いているような、
何かへ急かされて駆け付けたというよな表情の太宰嬢で。

 「…。」
 「何か…。」

どうかしたのかと問いかけかけて、ああと気が付いたことがあり。
とはいえ、相手が相手、よもやと戸惑いつつ、口許へ手を添えつつ空咳を一つ。
それから、

 「外套の衣嚢から携帯端末を。」

取りに行こうとしたまでですと、正直なところを口にして。
それへ、気のせいでなければこわばらせていた肩の線がゆるりとしおれた姉人へ、

 「油断ならぬ手合いと思われたなら重畳。
  ですが、明日の仕儀には確と参与しますゆえ、ご安心を。」

厭味にならぬよう言えたかなと、
珍しくもそこだけ妙に気になった言いようを差し向けて。
日頃は自分の支えであるはずのあの人と同位とは思えぬほど、
普通の女性の顔をしていた麗嬢へ、頑張って微笑って見せた芥川だった。




to be continued.(18.09.26.〜)






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 *何か毎回区切るところを間違えている気がするんですが…。
  あんまり長くなりそうなのでここで一旦区切ります。